ソマティックなアプローチ


✧ ソマティックとは「身体」という意味です

 

近年ソマティック・アプローチが改めて注目を集めています。

ソマティック(SOMATIC、身体的)のSOMAはギリシャ語で「身体」を意味します。 ソマティック・アプローチとは、「身体を動かす」ことによって、身体を鍛えるだけではなく「脳」と「こころ」を鍛えようという考え方と技法のことをさします。

 

具体的にいうとヨーガ、呼吸瞑想法、禅、太極拳、武術、合気道、ダンス、演劇、スポーツ、各種トレーニング法などがそれにあたります。

わたし自身は、身体を使う活動としてはテニスと太極拳をやっています。もちろん素人で、基本的には楽しいからやっているのですが、最近は、あえて大げさにいうと「身体と脳を鍛えて『こころ』を整える」ためにやっています。

 

なぜなら、21世紀に入ってからの脳神経科学と神経生理学の目覚ましい進歩のお陰で、身体と脳は密接に連携して動いていること分かったからです。

 

そんなわけで、ここでは近年の神経生理学と脳神経科学の進歩について、簡単に整理したいと思います。いくつか専門用語が出てきますがご容赦ください。

 

 ✧ 脳と身体のことで分かったこと

 

(1)神経科学における分子レベルの研究

神経科学において分子レベルの研究ができるようになったのは、そう昔のことではなく、2000年ごろです。 そこから神経生物学は新たな局面に入り、人の知覚、運動、思考、学習、記憶についての新たなアプローチ方法と理論の構築が始まりました。 21世紀に入ってからの脳・神経に係わる研究の進展には目を見張るものがあります。 

分子レベルの研究が始まって、特に注目すべきは、これまで科学の対象分野ではないとして避けられてきた人間の「こころ」と「意識」が重要な研究テーマとして浮上してきたことです。 このことについて、カンデル神経科学 は次のように言っています。 

 

「無意識の精神機能に関する解明が進んだことにより、生物学的な謎の深淵、すなわち「意識」や「自由意志」の原理をのぞくのに必要なツールを神経科学者が手にする時は、もうすぐそこまできているのかもしれない」 

                 カンデル神経科学より

 

(2)注目を集めるエピジェネティクス 

1980年代後半に始まったヒトゲノム(人の遺伝子情報)の解読計画は2003年に完了し、ガンの遺伝子、肥満の遺伝子、記憶に関連する遺伝子など、たくさんの遺伝子が発見されました。 それとともに、両親から受け継いだ遺伝子は生涯において不変であり、後天的な試みによって変えるのは難しいという考えが一般に広がりました。

しかし、他方で、ヒトゲノムの解明が進むにつれて、生物には先天的に遺伝子で決まる部分と後天的に環境の影響を受けて決まる部分とがあり、この二つを分けて考える必要があることも明らかになってきました。 遺伝子情報と機能を扱うジェネティクス(遺伝子学)とともに、環境要因が遺伝子の発現(DNAの使われ方)にどう影響するかということを扱うエピジェネティクス(Epigenetics)が注目を集めることになったのです。

そしていまや、生物のさまざまな性質(表現型)は、DNAだけで決まるのではなく、環境と生物との相互作用の中で決定され、それが細胞分裂や世代を超えて維持されていくという考え方が生物学の主流になっています。

 

(3)神経可塑性と神経新生の研究

神経可塑性(Neuroplasticity)とは、自己の身体の活動や心的体験に応じて脳が自らの構造や機能を変える性質のことです。 1949年にドナルド・ヘブによって提唱されたセル・アセンブリ(ニューロンのネットワーク)とシナプシス可塑性の構想は、1980年代頃から生物学における重要な研究テーマになりました。ノーマン・ドイジ が著した通り、神経可塑性に着目した療法は21世紀に入ってから広く臨床の場で実践され、多くの成果をあげるようになってきました。 私たちは、そうした神経可塑性療法家と呼ばれる医師たちが神経可塑性を高めるために身体と心を用いていることに注目します。 そして、私たちは神経可塑性療法家が用いる手法を広く社会に応用する道を模索したいと思っています。

 

「身体は心と同じく脳に至る道である」                         

           慢性疼痛専門医、神経可塑性療法家 マーラ・ゴールデン 

 

近年、画期的な発見がありました。 それは神経新生の発見です。 これまで神経細胞(ニューロン)は胎児期から幼年期において発達し、成人してからは新しく生まれないと考えられてきました。 ところが近年、成人になっても脳の海馬の歯状回部位において生涯を通じて新しいニューロンが生み出されて続けていることが明らかになったのです。 ニューロンは再生しないという定説は覆りました。 海馬は記憶や認知症と関係する脳の重要部位の一つです。 そして有酸素運動によって神経新生をより活発にできることがわかっています。

  

(4)運動するのは、脳を良い状態にたもつため

 

ジョン・J・レイティ は、運動をするのは、頭を育ててよい状態に保つためだといいます。確かに、 運動が脳にもたらす効果は、身体にもたらす効果よりもはるかに重要なのかもしれません。

 

「運動をしたいと心から思えるようになれば、そのとき、あなたは違う未来へ向かう道を歩み始めている。 それは生き残るための道ではなく、成長するための道なのだ」                 ジョン・J・レイティ

 

運動(動くこと)が身体に及ぼす影響については、すでに運動生理学として検証され体系化されています。  いま注目を集めているのは、運動が脳に及ぼす影響とその脳から身体へのフィードバックについてです。 

 

(5)健康に長生きするための10の脳ルール

 

レイティが言う通り運動は確かに大切です。しかし、運動以外にも脳の若返りを図り、健康に長生きする方法はいくつかあります。

分子発生生物学者のジョン・メディナは、そうした方法や考え方のなかから主なものを選んで、10のブレイン(脳)・ルールとしてまとめているのでご参考までにご紹介しましょう。

 

少なくとも、老骨に鞭打って相談室や対話の会をやっている私から見ると、どれも納得のできるものばかりです。特に、友だち、感謝、マインドフルネス、運動、そして最後の「引退は絶対にやめよう」は心に響きます。

  1. 友だちを作ろう。友達になってもらおう。
  2. 感謝する習慣を身につけよう。
  3. マインドフルネスは脳を静めるだけではなく改善する。
  4. 学ぶのに、あるいは教えるのに、遅すぎるということはない。
  5. 脳をテレビで鍛えよう。
  6. 「わたしはアルツハイマー病になったのか?」と疑う前に、探すべき10の兆候。
  7. 食事に気をつけて、運動しよう。
  8. 思考を明晰にするために、十分な(しかし、長すぎない)睡眠をとろう。
  9. 永遠に生きることはできない、少なくとも今のところは、。
  10. 引退は絶対にやめよう、そして、郷愁をたいせつにしよう。

 

✧ 遺伝や生育環境の壁を乗り超えていこう!

 

人の能力や性格を論じるときに、よく遺伝か育ちかという二者択一の議論がなされます。 しかし、私たちにとって重要なのは、私たちはどちらも選んでいないということです。

遺伝や幼いころの育った環境で性格や能力がほぼ決まってしまうのだとすれば、私たちは何のために意識変革や能力開発に取り組んでいるのかと頭を抱えてしまうほかありません。

私たちは、遺伝や育った環境で性格や能力がほぼ決まってしまうという「行き詰まり思考」には賛成しません。 この点について、プロセスワークのアーノルド・ミンデルはみごとに言い切っています。

 

「運命と戦いなさい! どんなことにも、気がすむまでしがみつきなさい! 少なくとも、運命が、もうたくさんだとあなたからにげていくまでは」              

                       アーノルド・ミンデル 

 

神経新生の発見、神経可塑性への期待、エピジェネティックス研究などにより、脳の構造や機能は大人になっても、経験や学習や運動の積み重ねによって機能的にも、解剖学的にも修正されうるという考え方が科学的に明らかになってきました。

 

私たちは、そろそろう「行きづまり思考 」を卒後しなければなりません。

変化が速く難しい時代ですが、諦めるわけにはいきません。いつでも、いくつになって、やれることはたくさんあります。そのためにソマティック・アプローチが役に立ちます。

 

私たちは、人生でほんとうにたいせつなことは何か、生きることとはどういうことか、何のために働くのかといった本源的な問を自身に投げかけなければなりません。そして、身体を積極的に動かし、脳を鍛え若返らせ、「こころ」を整え、ほんとうにたいせつだと思うことたいせつにして、「なりたい自分!」になっていかなければなりません。